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ペンタブ×リモート技術でクリエイティブを諦めない。ワコムが目指すこれからの働き方とは?
先日発表した筆圧・傾きに対応したスプラッシュトップの新機能「リモートスタイラス」。これは、ワコム製デジタルペンの技術提供なしには実現しなかった画期的な機能です。そこで、本記事では、今回の開発に技術提供いただいた、ペンタブレット市場を牽引する株式会社ワコム様のご紹介とともに、同社がどのようにユーザーのリモートワークに向き合ってきたか、リモートスタイラス開発までの経緯をご紹介します。
お話を伺ったのは、同社エバンジェリストの轟木保弘氏。
株式会社ワコムは1983年に創業されたペンタブレットをはじめとするデジタルペン技術を主としたソリューションを提供するメーカー。ペンタブレットの老舗として多くの方に知られる存在ですが、同社のペンタブレット製品が注目を集めたきっかけは、当時のデジタルペンが、有線または電池式が一般的だった中で、初めて電磁誘導式を採用し、電池レス、コードレスのペンを開発し、実用化に成功したことでした。この技術によりワコム社製ペンタブレットの利便性は大きく向上し、以降、世界のトップシェアを維持し続けています。
ワコム製のペンタブレットは、どのような業界で使われていますか?
世界中のクリエイティブが関わるゲーム、アニメーション、3DCGアニメーション、VFX、映画、工業デザイン、DTP、アパレル、医療、教育、金融、自治体、漫画制作やイラストなどのコンシューマーを含め、非常に多くのお客様にご利用いただいております。
特にオンライン教育は、新型コロナウイルス流行の影響もあり、昨年1年間で世界的に需要が急伸しました。オンライン教育では、双方向かつ先進的な教育のために、デジタルインフラがどれだけ役立てるかが大切です。弊社は、アメリカやヨーロッパ、アジア圏に現地法人9社とその関連拠点があり、全世界150以上の国と地域で製品販売およびサービスを提供しているため、グローバルなアライアンスとコミュニティとの連携を重視しています。その一環として、Googleが提供しているChrome OSにも対応を進めました。オンライン教育によく使用されるChromebookに対応したペンタブレットも発表し、提供しています。
幅広い業界の導入実績がありますが、クリエイター以外のビジネスパーソンの使用例はありますか?
はい。TeamsやGoogle Meet等を使用したオンライン会議で、ホワイトボード機能を使用してインタラクティブなやり取りや、会議メモをする際の入力端末としてよく使用されます。その他にも、業務的なレビューやマインドマップを作成したり、PDFに書き込み、校正などのチェックバックに活用したり。塾などのデジタル添削にも活用されています。
また、弊社では以前から、企業のペーパーレス化を推進しています。これまで紙で行ってきた手続きの簡便化や、煩雑となっている書類をデータ化するプロセス自体を支援するソリューションとしてもご活用いただいています。代表的な例だと、電子カルテの入力端末やクレジットカードのサインを入力する端末、渋谷区役所における行政手続きのデジタル化が挙げられます。単なるペーパーレスではなく、環境のためにも貢献できるエコシステムとして、長年取り組んでいます。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の前後で、問い合わせ内容に変化はありましたか?
特定の産業に限らず、今までデジタル化されてこなかった業界からの問い合わせが増えました。時にテレワーク、リモートにおいての業務効率が課題となりました。
急遽リモートワークが必要になった企業が課題として挙げていたことはありますか?
大きく2つのポイントがありました。1つ目は、接続先の画面表示が正確であること。これには、フレームレートがなるべく細かく、滑らかである必要があります。静止画だけならそこまでの必要はありませんが、現在は巣ごもり需要でエンタメコンテンツの市場ニーズが伸びている中で、クリエイティブ制作においてフレームレートの細かさや画質のきれいさが求められていました。
2つ目は、セキュリティと運用の権限管理です。企業が大事にしている個人情報やビッグデータ、制作中の未発表作品のデータなどをリモートで編集するうえで、セキュリティが担保されていることは大前提です。運用管理者の視点でいうと、ユーザー権限を適切に割り当て可能かということ。リスクがある場合に、すぐに特定の権限を停止できるか。これらが担保されていれば、働き方そのものが変わってきます。
働き方そのものの変化とは、具体的にどのような変化でしょうか?
まず、現在は企業が大都市に集中しているため、人的リソースがうまく活用できていないという問題が背景にあります。リモートの技術があれば、必ずしも中央のオフィスで働かなくてもよくなりますし、働く場所を選べる自由ができれば、会社自体の在り方に、もっと柔軟性と発展性を持たせることができると考えています。
女性が社会進出や雇用機会を得られる社会になったとはいえ、これまでは、スキルを積んだ人材でも、出産や介護、家族の転勤などの家庭の事情や経済的な事情により、退職を余儀なくされることが多かったです。特にエンタメ業界の企業の90%ほどは東京に集中しているので、優秀な人材であっても、業界から離れなければいけないことも珍しくありませんでした。これはアニメ業界だけでなく、ゲーム業界でも同様で、本人は長く携わっていきたいのに、現場を離れなければいけないという環境に苦しんでいる声もよく聞きました。
CG業界は、以前からデータでのやり取りがある程度確立していたので、地方スタジオも作られるようになってきましたが、インターネットの普及に対して、人的リソースが失われていくことの解決策は追いついていないと思います。
リモートスタイラスのような技術が普及することで、課題解決に貢献できると思いますか?
そうですね。リモートでペンタブレットが使えたら、ワークライフバランスの幅を持たせることができる。それだけでなく、5Gのような次世代通信規格の普及に伴い、インターネットの選択肢も光ファイバーだけでなくなり、より垣根がなくなっていくと思います。そうなることで、これまで家庭の事情で現場を離れなければいけなかった人でも、リモートで職業復帰できるようになる。これは産業全体にとっても大きなポイントになると思います。
また、ある作品に関わりたいと思う人が一定のスキルさえ満たしていれば、国の垣根を越えてプロジェクトに参加できるようにもなります。リモートのインフラがそれを担っていけると理想的です。例えば、実際に現地に行かなくとも、アメリカのプロジェクトに日本から参加し、日本のクリエイターの腕で、アメリカの作品制作に参加することも可能になる。将来的には、これが普通になっていくと思います。
リモートスタイラスを実現するうえで、スプラッシュトップを選んだ理由を教えてください
新型コロナウイルス流行以前から、働き方改革の流れで、労働環境や経済的な貧困は今後どうなっていくのか、また、クリエイティブの人的リソースにおける脆弱さやITインフラが整っていないという問題がありました。その一方で、動画配信サービスや劇場公開が世界レベルで行われるようになり、エンタメコンテンツのニーズはさらに高まっています。このような状況で、制作会社がそれに連動した環境を用意できていないことが課題としてあり、インフラ面を見直すきっかけになりました。これまで、各企業が取り組んできた課題が、「これは産業全体の課題である」という意識へと変化しましたね。
その流れを経て、緊急事態宣言という状況になり、あるスタジオの方から、「ワコムのペンタブが現場で動かないんだ! 制作作業が滞ってしまう!」という叫びが届きました。詳細を伺うと、Splashtopという製品で、リモートでペンタブを使いPhotoshopを操作しているが、当時はシステム上、デジタルペンもマウスとしての認識と同じで筆圧が遠隔で伝わらないため、どうにかペンタブとして機能するよう対応できないかというリクエストでした。そこから各社の状況をリサーチし、日本の制作会社はどんなリモートツールを使っているのかをヒアリングしたところ、スプラッシュトップ株式会社の名前が挙がり、日本法人もあったため、ご紹介をいただきました。
リモート技術×ワコムの組み合わせで、今後実現したいことはありますか?
今後、デジタルインフラの中でのクリエイティブコンテンツの価値の定義も大きく変わってくると予想しています。ブロックチェーンを使用した著作権管理技術の話もでてきているし、世界的に5Gなどの次世代通信規格の普及が進むとともに、物理的な距離を超えて、様々なコラボレーションをしながら事業が進んでいくようになるでしょう。その時に、インフラのベースをいかに活用していくかが企業にとっての命題になります。そこを、リモート技術とワコムのペンタブレットが担っていければ、世界中どこででも、価値を生み出せるようになる。それをインフラとして実現したいです。
私たちは水道やガスを当たり前に使っているけれど、インフラが整っていない国からしたらすごいことですよね。このような垣根をデジタルの中でまた生んでしまうのかというとそうではなく、それが当たり前の水準にもっていけるよう、スプラッシュトップとワコムで実現していきたいです。
最後に、株式会社ワコムとしての今後の展開を教えてください。
ワコムは人間の感情や意識といった感覚に寄り添う「ライフロングインク」の理念に沿ったテクノロジーの提供を目指しています。クリエイターをはじめとした多くのお客様を支える道具屋としてあり続けながら、この理念を一緒に実現に向けて動いてくれるパートナーとともに、新たな価値を生み出していくことがとても大切だと考えています。
また、私たちが最もリスペクトしているのはアナログの技術です。そこに近づけるため、お客様から求められる要求も非常に高いですが、常にそこに挑み続ける姿勢でありたい。
デジタルペン技術だけでは実現できないことも多いですが、様々な得意分野・技術をもつパートナーと手を取り合って、新たな可能性を生み出していきたいです。
ありがとうございました。